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大井剛史からのメッセージ

2017/09/11
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第135回定期演奏会は当楽団正指揮者:大井剛史がタクトを執ります。
本公演のプログラムに寄せて、皆様へのメッセージが届きました。ここに掲載させていただきます。

 プログラムを考えるとき、いつも、自分が取り組みたい曲、自分に向いている曲というのを考えないわけではないが、それよりも、TKWOの正指揮者として、何をやらなくてはいけないのかを考える。今回のプログラムも、そんな考えに沿ったものだ。

 3年近く前、初めて息子が生まれて、せめて彼が生きているあいだは平和な世の中であり続けて欲しいと強く思うようになった。しかし世の中の流れはむしろ逆のように思われ、先にこの世から離れる身としては、不安と涙しかない。そんな思いからヘンデルの「私を泣かせてください」を1曲目に採り上げるのは、いささか安直な「題名取り」ではあるかもしれないが、それでも、戦争や環境問題に関係のある曲目でまとめられたプログラム全体を支配する感情の外枠としてよしとし、敢えて置いたものである。TKWOとしては、レパートリーをバロックに拡大する足がかりとしての意味合いがある。実は当初、今回のプログラムの前半はヘンデル、バッハ、ベートーヴェンという、まるで吹奏楽らしからぬ作曲家でまとめようとしていた。色々なバランスの中で最終的にそのアイデアは断念したが、その残り香としてここにヘンデルが残っている。少なくとも今後、TKWOとバッハには取り組みたい。それはフェネルがTKWOとバッハに取り組んでいたこと (例えば、「トッカータとフーガ ニ短調」) を忘れずに引き継ぎ、発展させるということでもある。

 フェネルの話題を出したが、幅広い吹奏楽のレパートリーの中でTKWOとして何を大切にしなくてはいけないかを考えた時、やはりフェネルとTKWOが取り組んできたものを欠かすことはできないであろう。TKWO在任中のフェネルが広島を訪れた時の印象をもとにロン・ネルソンに委嘱し、フェネルTKWOのコンビで広島に於いて初演された「モーニング・アレルヤ」もその1曲だ。ここでは、悲劇から力強く立ち上がる広島の人々が輝かしく描かれている。初演から30年近く経つ。今、この作品は私たちにどう映るだろう。

 同じく第二次世界大戦に関連のある作品ではあるが、終戦 (もっというと敗戦) 間近に書かれたR.シュトラウスの「メタモルフォーゼン」は、終戦後40年以上経ってから書かれた「モーニング・アレルヤ」に対して、全く異なった内容を持っている。その、愛するものが壊され、失われた喪失感からくる悲しみの深さを文章にするのは難しい。「23の独奏弦楽器のための習作」という副題が付いているが、ウィンド・アンサンブルというのは基本的に「独奏管楽器」の集積体であるので、私はこの曲をかねがね「23の独奏管楽器」で出来ないかと考えていた。この曲をアレンジできるのは「科戸の鵲巣」のEdition TKWOや「陽炎 (かぎろひ) の樹」で人数分の段数のスコアを書いた中橋愛生氏しかいないと思い、相談したところ、いくつかの問題がありさすがに23人は不可能とはなったが、それでも私の考えを最大限に生かしたスコアを書いてくださることになった。さてどのような仕上がりになるのか。いずれにせよ、これは私にとって、TKWOにとって、もっというなら吹奏楽という合奏形態にとって、大きなチャレンジである。しかし、このような、TKWOでしか出来ないことに取り組み、吹奏楽の可能性を拡げるのは、私たちの責務でもあり、やりがいがある。ちなみに、先のヘンデルと併せ、私がTKWOの定期で「アレンジもの」に取り組む初めての機会となる。個人的には、管弦楽作品のアレンジよりも、今回のようなオペラや弦楽合奏、あるいはピアノ曲、オルガン曲のような作品のアレンジに、より吹奏楽ならではの存在価値を感じている。

 優れた邦人作品に積極的に取り組むことも、ここ日本で活動するTKWOの大切な一部分で、今回は生誕80年を迎える藤田玄播さんの「天使ミカエルの嘆き」を演奏する。日本の吹奏楽の歴史の中でもひときわ光る名曲だが、TKWOでは近年はなかなか演奏機会がなかったようである。作曲者はミカエルと竜 (サタン) の戦いを描きながら、その中にあるメッセージを込めた。スコアの序文にこうあります: 「私たちが住む地球の上には、様々な悪がはびこっています。戦争、公害、環境破壊などの社会的な悪や、ねたみ、盗み、怒り、ごう慢などの人間的な悪。これらの悪は、いつの日か駆逐され、平和で豊かな美しい世の中が来ることを望みます。この願望は全人類の祈りです。」

 言うまでもなく、環境問題について、いや、のみならず、戦争を含めた、人間が自ら、私たちの地球を壊してしまう重大な問題について、ダイレクトかつ激烈に描いた吹奏楽作品といえば、フサの「この地球を神と崇める」以上のものはないであろう。意外にもTKWOはこの、吹奏楽の歴史の中で重要な作品であるこの曲を、演奏したことがない。そのような作品を採り上げ、TKWOのレパートリーをより完全なものにするのも、楽団にポストのある指揮者がすべき大切な役割ではないか、との思いもあり、今回の機会となった。

 フサはこの作品をレイチェル・カーソンの名著「沈黙の春」に題材を求めて書き上げたが、さて、私たちは、春を沈黙させないために、何が出来るだろうか?

東京佼成ウインドオーケストラ
正指揮者 大井剛史