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【課題曲コンサート2026】保科洋×大井剛史 特別対談

2026/03/19
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吹奏楽界に刻まれた名曲の軌跡 ――「課題曲コンサート2026」に向けて

2026年3月23日に開催される「東京佼成ウインドオーケストラ presents 課題曲コンサート2026」。
本公演では、日本の吹奏楽界を代表する作曲家・保科洋による課題曲《カンティレーナ》《アルビレオ》《風紋》の3作品が一堂に会する。
これらの作品は、どのようにして生まれ、何をもたらしたのか。
東京佼成ウインドオーケストラ常任指揮者・大井剛史が、作曲家自身の言葉を通して、その創作の背景と音楽観に迫る。


課題曲制度を変えた《カンティレーナ》

大井剛史(以下、大井)
今回の課題曲コンサートでは保科先生の作品を3曲演奏させていただきます。まずは先生にとって最初の課題曲となった《カンティレーナ》ですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
保科洋(以下、保科)
これがなかなか面白い話なんです。当時はまだ、課題曲は中学校用と高校以上用に分かれていて、僕は「中学校用のマーチを書いてほしい」と頼まれて作曲しました。
ところが完成してみると、吹奏楽連盟に「これは難しくてできない」と言われてしまったんです。今のバンドだったら大したことないんですが、冒頭のホルンが上の実音Aから始まる。その音が当時の中学生には難しかったらしいんです。
それで「これは中学生には無理だ」という話になってしまった。でも、委嘱しておいてボツにするわけにもいかない。だから結果的に、その年から中学校と高校の区分をなくして、どの課題曲でも選べる方式になったんだそうです。
大井
ホルンのAの音のおかげで、課題曲の歴史が変わったわけですね。
保科
そういう意味では、今の課題曲のスタイルのきっかけを作った、面白い役割を果たした曲といえるかもしれません。
大井
当時のマーチに《カンティレーナ》という題名をつけるのも、反骨精神のようなものを感じます。
保科
当時の課題曲のマーチって、正直あまりいい曲が多くなかったんですよ。どうしてもワンパターンになりがちで。だから「マーチにもいろいろある」ということを書きたかった。
それと、マーチでも音楽なんだから、やはりメロディを大事にしたい。だからタイトルも「カンティレーナ」にしたんです。僕にとって、あれはマーチであると同時に「歌」なんですよ。
ただ、中学生のための曲としては、たしかに難しかったかもしれません。8分の6拍子のマーチのリズム感って、僕は好きなんだけど結構難しいですし、最初のスネアもみんな苦労するみたいですね。
実は《カンティレーナ》は、少し改訂しているんです。終わり方がどうしても気に入らなくて。
大井
それは知りませんでした。
保科
最後の方で2小節くらいティンパニだけになるところがあって、その当時はそれでいいと思っていたんだけど、後から聴くとどうしても間が持たない気がして、少しモチーフを加えました。
僕は曲の終わりになると「終わったー!」という感じで、少し荒っぽくなる癖があるんですよ(笑)。
だから昔書いた曲は、終わり方だけ直したものも結構あります。《アルビレオ》も、最後の方で少し音を変えています。
大井
今回の課題曲コンサートでは、すべて当時の版で演奏する予定です。
保科
いやー、なんだか少し恥ずかしい気持ちです。

《風紋》誕生の背景

大井
そして先生を語る上で欠かせないのが《風紋》です。この曲は課題曲としては少し演奏時間が長めですね。
保科
課題曲は4分前後という暗黙の了解があって、最初はそこを目指して書き始めるんですが、書いているうちに曲にのめり込んでいってしまって、どんどん長くなってしまうんです。
削って削って、短くしていくんだけど、それでも短くしきれない。だから最終手段でテンポを速く書くんです。
大井
そうだったんですか。課題曲版は四分音符76から80と書かれていますが、原典版はもっと遅いテンポ指示ですか?
保科
たしか60台後半だったと思います。76なんて、あの曲にしては相当速いテンポですよ。
自分で書いたものを削るってね、すごく覚悟がいることなんですよ。「これ以上はもう削れない」ってところまできて、テンポを変えるしかなかった。テンポは音楽の中でも最も重要な要素の一つだと思うけど、これ以上曲を削るよりはテンポを犠牲にした方がいいと思ったんです。
大井
《風紋》という題名も印象的ですが、これは後から付けられたものですか?
保科
そうです。曲を書いたあとでタイトルはどうしようかと岡山大学の合宿先で学生たちと悩んでいたんです。ピアノで弾いて聴かせながら、皆で辞書をパラパラと引いているうちに、偶然「風紋」という言葉が出てきて、「これいいな」という感じで決まりました。
大井
冒頭から、まさに情景が目に浮かぶような音楽です。
保科
でも、それはタイトルの影響も大きいと思いますよ。実はこの曲を書いたとき、真冬の夜中に寒い研究室で作業していたんです。だから僕の中では「寒い」というイメージの曲なんです。
大井
その話を聞くと、冒頭の印象も少し変わってきますね。

《アルビレオ》における発想

大井
《アルビレオ》は、曲名が先にあったのでしょうか?
保科
この曲は最初から「二つのテーマを対比させる曲を書こう」と考えていました。そのとき、好きだった二重星アルビレオを思い出したんです。
望遠鏡で見ると、橙色と青色の星が寄り添って輝いている。本当にきれいなんですよ。そのイメージで、異なる性格の音楽が絡み合う曲にしたかった。
大井
3度目の課題曲ということで、意識されたことはありましたか?
保科
『風紋』が評判良かったので、「最低でも同じレベルかそれ以上のものを」という気持ちはありました。ただ、少し気合を入れすぎたかもしれません。
実は、この曲も当時の吹奏楽連盟の理事長に「難しすぎるよ」と言われました。三度調といって、フラットやシャープが3つとか4つ増えたりする転調がたくさんあったので、学生には難しかったのかもしれませんね。

保科洋の源流 ―「歌」と旋法―

大井
先生の作品には一貫した考え方があるように感じます。
保科
音楽は結局「歌」だと思っています。吹奏楽でもそれは同じです。だから、歌えないと様にならない曲にしたいという気持ちはありましたね。
教育的にも、音楽をやる以上は歌を表現できる感性が必要だと思っています。
それと、僕の音楽の根源には「旋法」があります。
作曲の修行時代、最初に長谷川良夫先生から出された課題は、「全音符のみを使って、和声感もリズム感も拍子感も一切ないメロディを作れ」というものでした。
我々が親しんできた音楽は、すべて調性やリズムがある。だから作曲する時も、はじめからそういう発想になってしまうんですよ。でもそれは「ダメだ」と長谷川先生は言うわけです。
では、現実にメロディを書くとき、何を頼りにするのか。
それは音の流れなんです。音がどこへ行くのか、どういうふうに進んでいくのか、その感覚です。
そして、このことが一番よく感じられる音楽が、実は旋法の音楽なんです。グレゴリオ聖歌のような音楽ですね。
長谷川先生は本当にすごい先生でした。あるとき「カノンを書け」と言われたのですが、その条件が「五線紙は使わずに、頭の中で書け」というものだったんです。
頭の中で2声のカノンを書くのはなかなか大変なんですが、頭の中ならいくらでも消して書き直せる。だから、自分が納得するまで絶対に紙には書かないんです。
そんな訓練を続けていると、今度は「4声のフーガを頭の中で書け」と言われるようになりました。
それをやるために、僕は山手線に乗って、ぐるぐる回りながら作曲していました。出来上がるまで降りないと決めて、ずっと頭の中で音楽を組み立てていたんです。
これは大学に入る前の話で、高校生のときに徹底的にやらされました。
当時は、こうした訓練の意図がよく分からなかったんですが、今になってみると、本当に大切なことを教えてもらったと思っています。これが、今の自分の大きな財産になっています。
大井
旋法の音楽とはどのように出会われたのですか?
保科
大学生の頃、デラー・コンソートというコーラス団体がマドリガル集のレコードを出したんです。これは本当に擦り切れるほど聴きましたね。めちゃくちゃうまくて、アンサンブルも素晴らしくて。
僕、このレコードは2枚買いましたよ。1枚は本当に擦り切れてしまったので。それくらい繰り返し聴いていました。旋法の音楽の世界に引きずり込まれたきっかけだったのかもしれません。
少し専門的な話になりますが、ルネサンス時代のジェズアルドという作曲家の音楽は、臨時記号が非常に多くて、感覚的には無調に近い響きなんです。
「あの時代に、こんな音楽があるのか」と強い衝撃を受けました。
だから、無調の音楽に対するアプローチは、必ずしも12音技法である必要はないし、ただ調性を否定するだけでもない、もっと自由なあり方があるんだと思ったんです。
同世代の作曲家で旋法に興味を持つ人はあまり多くありませんでしたが、それでも自分が「美しい」と思う方向へ進みたい、そう考えるようになりました。

おわりに

『カンティレーナ』『風紋』『アルビレオ』---- 課題曲として生まれたこれらの作品は、演奏者の技術を試すだけでなく、吹奏楽コンクールを「歌う心」を育む教育の場にした。
3月23日のコンサートでは、それらの作品がどのように響くのか。
その背景にある物語とともに、ぜひ会場で体感していただきたい。

保科洋 Hoshina Hiroshi (作曲)
保科洋
作曲家、東京芸術大学作曲科卒、卒業作品で日本音楽コンクール第一位を受賞、2008年にイタリアで行われた国際ホルンコンクールにおいて、ホルンとオーケストラのための「巫女の舞」が必須課題曲に採用され、更に、同曲のユーフォニアム版は一昨年にアメリカで行われたITECにおいても課題曲に採用されている。また、アマチュアを対象とした指揮・指導法はそのユニークな演奏解釈理論とともに定評がある。このような長年にわたる教育・創作活動が評価されて、平成27年秋の叙勲において「瑞宝中綬章」が授与された。
主な作品、オペラ「はだしのゲン」、「吹奏楽のための交響曲1~3番」、「古祀」「風紋」「復興」その他。
兵庫教育大学名誉教授, 浜松アクト音楽院・音楽監督、日本バンドクリニック委員会名誉顧問、フィルハーモニックウィンズ浜松・音楽監督。

東京佼成ウインドオーケストラ Presents
課題曲コンサート2026

2026年3月23日(月)
開演19:00(開場18:00)
東京芸術劇場 コンサートホール

指揮:大井剛史(常任指揮者)

曲目:
祝・卒寿──保科洋の課題曲より
カンティレーナ/保科洋(1976年度)
アルビレオ/保科洋(1998年度)
2026年度全日本吹奏楽コンクール課題曲(全4曲)
Ⅰ 夕映えの丘/森山至貴(第35回朝日作曲賞)
Ⅱ ザ・ガーズ/星出尚志
Ⅲ あつまれ おもちゃのマルチャ!/伊藤士恩
Ⅳ 管楽器のためのフィナーレ/伊藤康英
初回のプログラムを再現──10回目の開催を記念して
饗応夫人~太宰治作「饗応夫人」のための音楽~/田村文生(1994年度)
管楽器のためのソナタ/伊藤康英(1996年度)
マーチ「カタロニアの栄光」/間宮芳生(1990年度)
吹奏楽のための「深層の祭」/三善晃(1988年度)
風紋/保科洋(1987年度)

当日は「 みんなの課題曲総選挙2026 」で選ばれた曲も演奏されます。

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