SNSを中心に話題となりミュージックビデオ(MV)が7000万回再生されるなど大ヒットとなったこっちのけんとの「はいよろこんで」。歌詞やMVにモールス信号が登場することでも注目を集めています。実は吹奏楽作品にもモールス信号が扱われている楽曲がいくつかあります。9月28日開催の第166回定期演奏会で東京佼成ウインドオーケストラが演奏する周天の『シンフォニア』もそのうちの一曲です。この記事では作曲者自身がモールス信号の利用を公にしている吹奏楽作品をいくつかご紹介したいと思います。
そもそもモールス信号とは?
モールス信号とは、電信による伝達を目的として発明され、モールス符号と呼ばれる文字コードを用いて短点(・)と長点(-)の組み合わせでアルファベットや数字などを表す手段のことです。1830年代の後半から有線の電信機で利用され始め、20世紀前半までは電報などの文字通信で多く使われていました。
モールス信号が使われている楽曲①
Caccia and Chorale/Clifton Williams
カッチアとコラール/クリフトン・ウィリアムズ
最初に紹介するのはクリフトン・ウィリアムズの『カッチアとコラール』。
クリフトン・ウィリアムズ(1923-1976)は、『ファンファーレとアレグロ』や『交響組曲』などの吹奏楽作品を多数作曲し、後に世界に名を馳せることとなる作曲家を多数指導するなどアメリカ吹奏楽の源流とも言える作曲家です。そんな彼が亡くなる直前に書いたのがこの『カッチアとコラール』。
楽譜を覗いてみると「モールス符号に模したリズムによってアルファベットのD-E-Gを表現している」と書いてあります。[D-E-G]とは、この曲を委嘱したウィスコンシン大学スティーブンスポイント校ウインドアンサンブルの指揮者、Donald
E.
Greeneのイニシャルです。[D-E-G]を表すモールス信号(-・・|・|--・)のリズムが続けて何度も繰り返し演奏されます。
モールス信号が使われている楽曲②
Towards the Western Horizon/Philip Sparke
西の水平線に向かって/フィリップ・スパーク
1866年、現在のアイルランド西部からカナダの東部まで大西洋を横断する電信ケーブルが幾度もの苦難を乗り越えついに完成。これにより蒸気船に頼っていた情報伝達がモールス信号などを使った電気通信で行うことが可能になりました。『西の水平線に向かって』は、この信じられない大偉業をテーマに書かれています。
フィリップ・スパーク(1951-)はこのテーマに合わせて委嘱団体であるAssociation
of Texas Small School
Bandsの頭文字"ATSSB"をモールス信号のリズムを使ってメロディーの中に忍び込ませました。
演奏を聴いているだけではまったくわからないのですが、[A-T-S-S-B]のモールス符号(・-|-|・・・|・・・|-・・・)と実際の楽譜を見比べてみると確かに一致しているように見えます。前項のウィリアムズとはまた違ったモールス信号の使い方をしているのも興味深いですね。
モールス信号が使われている楽曲③
Sinfonia/Zhou Tian
シンフォニア/周天
では最後に周天(1981-)の『シンフォニア』を紹介しましょう。
2022年に作曲された『シンフォニア』は4つの楽章で構成されています。モールス信号のモチーフが登場するのは第4楽章。そのタイトルは「D-O-N-E」。もうおわかりかと思いますが、D、O、N、Eの4つのアルファベットがモールス信号のリズムによって曲中に綴られています。
この第4楽章は、もともと『Transcend』というオーケストラ作品の一部でした。この曲もまた壮大なストーリーにインスピレーションを受けて作曲されています。1869年5月、2つの鉄道が出会い、アメリカのネブラスカ州オマハとカリフォルニア州オークランドを結ぶ大陸横断鉄道がついに完成しました。国中にそのニュースを伝えるため送られたモールス信号はたった一つの単語を表していました。それが完了を意味する"DONE"だったんです。
『Transcend』を作曲するためにオマハを訪れていたとき、30年間鉄道に携わっていたという博物館の職員からこの話を聞いた周天は[D-O-N-E]のモールス信号(-・・|---|-・|・)のリズムが曲に使えるかもしれないとひらめきます。急いでホテルに戻りそのリズムを調べたそうです。
このモールス信号に基づくリズムはトランペットに始まり、楽章を通して様々な楽器に受け渡され何度も繰り返し演奏されます。
さいごに
モールス信号を使った吹奏楽曲を3曲ご紹介しました。聴いているだけではなかなか気付けないと思いますが、こうして作曲者が隠したメッセージの意味や作曲の経緯などを知るとより一層その曲の魅力に近づけるような気がしますね。もし機会があれば今回の3曲も聴いてみてはいかがでしょうか。
モールス符号を使用する方法以外にもアルファベットをそのまま音名に置き換えるなど作曲家が歌詞のない曲に言葉を残すという発想は古くからあるようです。その中には作曲者が公表せず誰にも気づかれていない仕掛けもあるかもしれません。
ひょっとしたらよく耳にするあの名曲にも作曲者だけが知っている秘密のメッセージが隠れている...なんてこともあるかもしれませんね。
著:堀風翔(Horn奏者/TKWO専務理事)
オストウォルド賞や他の受賞作品については、こちらからご覧いただけます!
【第166回定期特集】オストウォルド賞の系譜
『シンフォニア』作曲者の周天(Zhou Tian)氏に、TKWO楽団員の堀風翔(Horn奏者/専務理事)がインタビューを行いました!
【第166回定期特集】周天氏インタビュー!
公演情報
第166回定期演奏会
~オストウォルド賞の系譜~
日時
開演:18:30(開場:17:45)
場所
指揮
曲目
交響曲第1番/J.バーンズ
交響組曲/C.ウィリアムズ
シンフォニア/周天
■公演詳細
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