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コンサート

【第167回定期特集】D.マスランカとW.S.マーウィンの共鳴:芸術の対話

2025/01/08
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作曲家D.マスランカと詩人W.S.マーウィン。この二人には興味深い精神的なつながりが見られます。彼らは共に、人間と自然界の関係性を探求し、瞑想的な深い思索によって自らの作品に表現しています。特に、マスランカの『交響曲第9番』は、マーウィンの詩「秘密(Secrets)」が直接的に取り入れられており、彼らの共通のテーマが浮き彫りになっている代表的な作品といえるかもしれません。

W.S.マーウィンについて

詩人のウィリアム・スタンレー・マーウィンは、1927年にニューヨーク市で生まれました。幼少期から木々への愛着が深く、自然と人との融和がマーウィンの原風景となっていたそうです。牧師の息子として育った彼は、5歳の頃から父親の教会のために賛美歌を書き始め、プリンストン大学に入学すると、著名な文学研究者であるR.P.ブラックマーや詩人ジョン・ベリーマンの指導を受け、その才能を磨きました。

1975年、ハワイのマウイ島を訪れ、のちの人生に大きな影響を与えた禅師ロバート・エイトキンに出会います。マーウィンは翌年、彼に師事するためマウイ島に移住し、自然と一体の生活を志向するようになりました。

マーウィンの仏教哲学やディープ・エコロジーへの関心は彼自身の作風や活動に大きな影響を与えました。マーウィンは妻のポーラとともに30年以上かけて荒廃した土地に木を植え、ヤシが生い茂る緑豊かな庭を作り上げました。その庭には、瞑想のための静かなスペースがある小さな道場も建てられたそうです。2019年に亡くなるまでマウイ島で暮らし、執筆活動をする一方、自然環境の回復と保全に尽力しました。

マーウィンは、翻訳家としても大きな功績を残しています。特に、共著者である連東孝子さんとともに『蕪村句集』の翻訳で日米友好基金日本文学翻訳賞を受賞したことは、彼の視野の広さと才能を象徴しているといえるでしょう。

自然とのつながり

自然は、マスランカの音楽とマーウィンの詩において特別なテーマとして扱われています。マスランカの作品では、自然界のエネルギーが音楽的なモチーフとしてよく組み込まれています。モンタナ州の広大な平原は、彼に「大地の声」とも言えるものを吹き込み、森の中で聞いたシジュウカラの鳴き声は、彼の心の最も深い部分に染み込みました。この2音のシンプルな鳴き声のモチーフは、『交響曲第9番』でもとても印象的に登場します。

マーウィンの詩にも自然界との深いつながりが反映されています。特に、後期の作品になると単に自然界を描写するだけでなく、破壊によって失われた自然を嘆いているかのような印象的な詩がよく見られます。彼の詩を読むと感じられる大地に刻まれた記憶とつながる感覚は、マスランカの「自然界のすべての統一性」という考えと共通する部分があるといえるかもしれません。

夢想と瞑想

マスランカとマーウィンにとって、瞑想的なプロセスが創作における重要な位置づけにあったことは間違いないでしょう。マスランカは、ユング心理学における「アクティブ・イマジネーション」という手法に基づく独自の瞑想的プロセスを通じて、夢のイメージや感情を音楽に変換しました。

一方、禅の影響を受けたマーウィンの詩もまた、瞑想的で静かな空間を作り出しています。句読点を使わず流れるようなリズムと静寂を作り出すマーウィンの詩は、読者に自身の経験と重ね合わせる余地を残し、深い内省へと誘っているようにも感じます。それは、長い時間の中を漂うようなフレーズ感とそのフレーズ同士をつなぐ静寂によって瞑想の時間をとったというマスランカの手法と共通しているようにも思えます。

「交響曲第9番」と「秘密」

『交響曲第9番』の冒頭で朗読される詩『秘密』は、時間や記憶の断片性を描き、交響曲全体のテーマである「時の流れ」を象徴しています。この詩は、2009年にピューリッツァー賞を受賞したマーウィンの詩集『シリウスの影』に収録されていて、この詩集で初めてマーウィンの詩に出会ったマスランカは、そのときのことを「彼のシンプルで力強い文章にすぐに魅了された」と語っています。詩の中で語られる家族の思い出や過ぎ去った時間へのまなざしが、マスランカの音楽と融合し、時の儚さと永続性を同時に感じさせるようです。

音楽と言葉の遺産

マスランカとマーウィンの作品は、それぞれ異なる媒体でありながら、私たちに自然や生命の相互関係を見つめ直す機会を提供していると言えるかもしれません。その遺産は、芸術を通じて私たちが深い真実とつながる手助けをしてくれるようにも思います。『交響曲第9番』というコラボレーションは、音楽と言葉が互いに補完し合うことで、新たな意味を生み出す可能性を示しているのかもしれません。

著:堀風翔(Horn奏者/TKWO専務理事)

公演情報

東京佼成ウインドオーケストラ
第167回定期演奏会
~マスランカ・チクルスVol.2~

2025年1月11日(土)
開演 18:30(開場 17:45)
なかのZERO 大ホール

指揮 大井剛史(常任指揮者)
ピアノ:鈴木慎崇
語り:チャールズ・グラバー

曲目:
ブーレスク風ロンド (1972年委嘱作品)/伊福部 昭
---休憩---
交響曲第9番/D.マスランカ

第167回定期演奏会

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