2025年1月11日「第167回定期演奏会」、そして2月17日「特別演奏会~初代常任指揮者汐澤安彦を迎えて~」の2回にわたり取り上げる伊福部作品。
その人物像と吹奏楽との関わりを、中橋愛生(TKWO楽芸員)によるコラムでご紹介いたします!
伊福部昭、その音楽と吹奏楽
伊福部昭、といえば、多くの人には「ゴジラの音楽を作った人」として知られているでしょう。作曲者の名前を聞いたことがなくとも、「ゴジラ」の音楽には聞き覚えがあるのではないでしょうか。
そんな伊福部は1914年に北海道で生まれ、独学で作曲を学びました。海外で高く評価されて楽壇デビュー、2006年に亡くなるまでに多数の作品を遺しています。特に映画音楽の分野ではインパクトのあるリズムや旋法、鮮烈な楽器法で多くの人の心を掴み、現在でも根強いファンが多数います。「ビルマの竪琴」といった映画の音楽も担当していますが、なんといっても特撮怪獣映画の音楽が広く知られており、その代表作と言えるのが、2月のTKWO特別演奏会でも演奏される「ゴジラ」の音楽です。なお、伊福部は劇中音楽はもちろんゴジラの鳴き声といったエフェクトにもその手腕を発揮しています。それは類稀な楽器学の知識によるもので、今なお多くの作曲を学ぶ者の規範となっている「管絃楽法」(伊福部39歳のときの著作)からも、その知見の深さは窺い知ることができるでしょう。
伊福部は教育者としても優れていて、東京音楽学校(現:東京藝術大学)や東京音楽大学で教え、その門下からは黛敏郎・芥川也寸志・松村禎三・矢代秋雄・池野成・和田薫など、多くの優れた作曲家を輩出しています。東京音楽大学では1976年から87年まで学長を務め、さらには付属民族音楽研究所を創設し、自身が収集した楽器を寄贈、幅広い音楽文化の探求に寄与しています。この東京音楽大学奉職時代に同じく教員であった指揮者・汐澤安彦は伊福部の良き理解者であり、汐澤は伊福部作品の演奏をライフワークに位置付けています。
幅広い西洋音楽の知識、自身が幼い頃から親しんだアイヌ文化を中心とした民俗音楽への理解、長らく続く神官としての家系、妻である舞踊家・有崎アイの影響など、様々な背景を持つ伊福部の音楽が、強靭さと高潔さを併せ持っているのは必然とも言え、伊福部の座右の銘「大楽必易」(すぐれた音楽は平易なものである)はそれをよく物語っています。その力強い作風と吹奏楽は相性がよいはず。実際、「ゴジラ」の他、「シンフォニア・タプカーラ」といった代表作は第三者によって吹奏楽編曲され、愛奏されています。しかし、伊福部自身は吹奏楽に積極的に関わろうとはしませんでした。知識がなかったわけではありません。先述の「管絃楽法」にはサリュソフォーンの使用例として当時日本で知る人は皆無だったであろうフローラン・シュミット「ディオニソスの祭り」が挙げられていることからも、その理解の深さは分かるでしょう。にも関わらず、吹奏楽に歩み寄らなかったのは、戦時中の体験によるところが大きいのでしょう。1943年、伊福部は軍部に半ば強制的に吹奏楽作品「古典風軍楽《吉志舞》」を作曲させられました。この時の辛い記憶は、様々な文献に登場します。戦後、伊福部は「軍隊的なもの」を連想させる音楽に慎重な態度をとります。「ゴジラ」にも登場する通称「自衛隊マーチ」(実は「吉志舞」と同じ旋律が使われている)と呼ばれる勇ましい音楽ですら、長調で開始されるもすぐに短調になり、なるべく弦楽器が主体となって軍隊色が薄れるように意図されています。
そんな伊福部が1972年にTKWOの委嘱に応えて「ブーレスク風ロンド」を作ったのは何故だったのか。初演時のプログラムには「伊福部初の吹奏楽作品」とされており、「吉志舞」の存在は闇に葬られていたのですが、「ブーレスク風ロンド」には「吉志舞」の要素が多数盛り込まれているのです。推測ですが、1972年前後には、伊福部の弟子である奥村一らが日本人による新しい吹奏楽作品の潮流を生み出そうとしていた時期。新時代の、平和な時代の、「軍楽」ではない新たな「吹奏楽」に思いを馳せたのではないか、と思うのです。
中橋愛生(楽芸員)
公演情報
東京佼成ウインドオーケストラ
第167回定期演奏会
~マスランカ・チクルスVol.2~
2025年1月11日(土)
開演 18:30(開場 17:45)
なかのZERO
大ホール
指揮 大井剛史(常任指揮者)
ピアノ:鈴木慎崇
語り:チャールズ・グラバー
曲目:
ブーレスク風ロンド (1972年委嘱作品)/伊福部 昭
---休憩---
交響曲第9番/D.マスランカ
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