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音楽、言葉に由らない心を運ぶもの<ピッコロ編>

林康郎(Flute)
2008.2.24

読者の皆さん、こんにちは。林 康郎です。
私がTKWOに入団してはや30数年、ピッコロを専門に吹き始めてからでも20?年になります。未だ、100点満点と胸を張れることは一度も無く、これから先も無さそうです。

今日は、レッスンと言うよりは、今まで演奏活動を続けて来たなかで、朧げながら気づかされた事をお話ししたいと思います。

突然ですが、赤ちゃんの産声は古今東西、人種を問わず概ね440Hzだと言うこと、皆さんはお聞きになった事がありますか?原始時代から抜け出したような自然人も、IT文明に溺れそうな現代人も、生まれ落ちたときは約3Kg、産声は440Hz、オーケストラのチューニングで使うラの音です。1939年にロンドンで会議が開かれ、国際標準ピッチをA=440Hzにしようと言う事になりました。
この際、赤ちゃんの産声が決め手となった、と言うのが通説です。中には、FisやBでオギャーと泣くへそ曲がりな赤ん坊はいないのでしょうか?人生の初仕事がチューニングのラで泣く事だなんて、興味深い事です。

この不思議な人間の聴覚ですが、本来ホモサピエンスが、お互いにコミュニケーションを確実にとる為、肉声域に対して最も正確に反応するように出来てます。この音域(声域)で高さ、強さ、音色などを最も正確に判断することができます。犬笛は人間には聞こえませんよね。人の可聴域は20Hzから20000Hzと言われています。楽器で最も広い音域をもつのはピアノです。約27Hzから最高音のCは4000Hzを超えます。ピッコロの最高音域と重なります。

この4000Hzと言う音、聴力検査のときヘッドフォンから聞こえてくるピピピッ、ピピピッ、ピピピッって鳴るあの音です。低い音は1000Hzです。私はこの高い方の聴力が年々低下しています。歳のせいもありますが、右耳だけと言う事から考えると、笛吹き特有の職業病の様な気がします。チョット寂しいですね。皆さん耳は大切にしましょう。イヤフォーンの使い過ぎは若年性難聴を招きます。

話がそれてしまいました。

さて、このピアノですが標準ピッチ通りに調律されているのは、真ん中のほんの1オクターヴだけ。高くなるにつれて徐々により高く、低音になるにつれてより低く調律されます。この変位の事を調律カーヴと言います。どの位カーヴをつけるかは調律師によって様々、企業秘密と言う事です。何れにしても、一番高いCでは30セント(100セントが半音)以上高く持ち上げます。

何故そのようなことが必要かというと、その方がピアノのサウンドがより美しくなるからです。ピアノ線の物理的な特性にも影響されてはいますが、最大の理由は人間の聴覚がその方が美しいと感じるからです。ここでは生理現象が物理現象に優先しています。

人間の感覚器は融通無碍、今風に表現するならファジーと言う事でしょうか。巧みに感覚器(本当は背後にある脳)は生きる為に必要な情報を選別してくれます。

しかしその能力が時に、思いがけない状況を作り出します。
高音域でピッコロとクラリネットが2オクターヴ離れてユニゾンしている時、ある時点でクラリネットが離脱すると、その瞬間多くの人がピッコロのピッチが下がったように感じます。ユニゾンで物理的に音が合っていても(唸りの無い状態)、同じピッチのままソロに入ると突然違和感を覚えます。倍音の多い音色に変えて、ある程度緩和出来る時もあります。

人間の耳には有効ですが、機械にはこの手は使えません(録音時のマイクロフォン)。Artの訳語としての芸術、この術という字を充てたのは本当に妙を得ていると思います。聞こえているのに聴こえなかったり、聞こえないものが聴こえたり、見えているのに観えなかったり、見えないものが観えたり、不思議 不思議。

音楽は人から人へ、手には取れない音を頼りに、言葉に由らない心を運びます。

そして心の中で繰り返し繰り返し響きます。
言葉は忘れてもズーッと残ります。

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